Translate

2013年8月31日土曜日

トレンド日米表現辞典第4版の研究7

P.221 経済財政諮問会議 the Council on Economy and Fiscal Policy
Economy ではなく、Economic が正しい。

P.221 郵政民営化 postal privatization
民営化以前の「日本郵政公社」を「Japan Post Public Corp.」としているが、同公社の英文名は Japan Post だった。

例えば、電電公社(現・NTT)、専売公社(現・日本たばこ)は、それぞれ Nippon Telegraph & Telephone Public Corp.、Japan Tobacco & Salt Public Corp. という名前だった。こうした名称から類推して「公社」=「Public Corp.」と翻訳したのだろう。

しかし執筆当時には現存していた組織なのだから、独自の翻訳ではなく、問い合わせするなどしてきちんと確認した正式名称を載せるべきだった。

この項目には持ち株会社の「日本郵政」や郵便、郵貯など各子会社の英文名も書いてあるが、発足前の仮訳であるため、注意が必要。実際の名前ではない。また郵便事業会社と郵便局会社は昨年合併した。

以下の年表は固有名詞がきちんと書いてあって便利。
http://www.japanpost.jp/en/corporate/changes/
http://www.japanpost.jp/corporate/changes/

P.225 主計官 budget officer
別に間違いではないが、財務省は大蔵省の時代から一貫して「budget examiner」という名称を使用しているので、examiner も挙げておいて欲しい。
*10月7日追記:この項目は第4版固有のものでなく、前の版から引き継いだものでした。

2013年8月29日木曜日

トレンド日米表現辞典第4版の研究6

P.274 店頭市場 the over-the-counter market; OTC
店頭市場の例を挙げ「日本では東京証券取引所(東証)に旧『ジャスダック』『マザーズ(the TSE Mothers)』、大証に『ヘラクレス(the OSE Hercules)』や『ベンチャーファンド(the OSE Venture Fund)』、名証に『セントレックス(the Centrex)』、札証に『アンビシャス(the Ambitious)』がある」としている。

札証まで出しているのだから、国内五証取の残りの一つである福証のQ-Boardもぜひ入れておいて欲しかったが、まあいい。次に挙げる項目もそうだが、書き手は店頭市場(現・ジャスダック)と新興市場を混同している。

上に例示されているのはほとんどが新興市場である。新興市場は、ベンチャー企業などが容易に上場できるよう、上場基準を特別に緩めてある市場のことで、日本では長いこと店頭市場が新興市場的な役割を果たしてきた。誤解はこの辺りから発生しているのだろうが、店頭市場は新興市場の一つにすぎず、新興市場だから必ずしも店頭市場であるわけではない。

上記引用部には、他に問題が2つある。大証のベンチャーファンドは新興市場ではなく、新興企業に投資するベンチャーファンドを上場させるための市場部門である。またジャスダックは、この辞書の執筆・発売当時は東証の組織ではなかった。後にジャスダックは大証と統合し、これがまた東証と統合した。現段階ではジャスダックは東証の一部門となっている。

P.274 新興市場 the emerging markets
「上記『店頭市場』の2004年12月以降の新しい名称で、『ジャスダック証券取引所』、東証の『マザーズ』、大証の『ヘラクレス』や『ベンチャーファンド』、名証の『セントレックス』、札証の『アンビシャス』の総称」
冒頭の「上記『店頭市場』の2004年12月以降の新しい名称で」という説明さえなければ、間違いではない。Q-Boardが入ってないのでアンビシャスの後に「など」と入れておいて欲しいが。

店頭市場は、元々証券会社の店頭での取引を組織化したものだが、2001年に市場運営業務がジャスダックに移管され、市場の名前も同じ年に「ジャスダック市場」となった。つまり「2004年12月以降の新しい名称で」というのは店頭市場の説明としても正しくない。2004年12月は次ページの項目で説明があるように、ジャスダックが証取としての免許を取得した時期である。

P.285 売買手数料 securities companies' commission(s); stock brokerage(s); broker's commission(s)
「▸1975年から自由化」
75年は米国の話。日本では98年に部分的に自由化し、翌年10月に完全自由化した。株式売買手数料の自由化は、橋本内閣による金融ビッグバンの目玉の一つ。

2013年8月21日水曜日

読書ノート:「痴呆老人」は何を見ているか 大井玄著

新潮新書。数年前に新刊で購入。ある程度必要に迫られて、この度再読。痴呆であろうがなかろうが、世界と自己を取り結ぶやりかたに大きな差はないという。

人間は実際に知覚したことを基に現実を構成しているのではなく、知覚したことを過去の経験に基づいて組み立てている。つまり「見たいものを見る」。

痴呆の人も、病棟で自分の構成した虚構の現実を生きている。研究者である阿保順子氏の著書から、ある女性患者の生活の様子を書き出している。彼女にとって病棟はかつて暮らした町で、デイルームの置き畳は「公民館」であり消火栓の側は「駅前」だ。関係のない男性入居者を「夫」とみなし、同様にこの男性を夫と誤認する別の女性入居者のことを男性の「妾」と考えている。この三人の世界観は一致しないが、女性患者は深入りせず、一方通行な関係で事足れりとしている。深入りすれば「この虚構の人間関係を壊してしまう」ことを心のどこかで理解しているかのように見えるそうだ。

研究者の久保田美法氏から引いた言葉も印象深い。
「自分が生きてきた歴史やなじみ深い人びと、ときにはご自分の名前さえ忘れて行かれる痴呆では、その言葉も、物語のような筋は失われ、断片となっていく。それはちょうど、人が生を受け、名前を与えられ、言葉を覚え、『他ならぬこの私』の人生をつくっていくのとは反対の方向にあると言えるだろう。ひとつのまとまりのあった形が解体され散らばっていく方向に、痴呆の方の言葉はある。それは文字通り、ゆっくりと『土に還っていく』自然な過程の一つとも言えるのではないだろうか」P.129

米国の介護事情にも触れている。事情を知らないので、良し悪しを判断できないが、同国では入所者の多くが短期間で亡くなるようだ。ニューヨーク州立老人介護施設を調査した2004年の論文によると、重度痴呆老人の入所時の判定で余命半年以内とされた人は1%だったが、実際は71%が半年以内に亡くなったという。いったん「重度痴呆」=「終末期患者」と判定されると、患者が苦痛を訴えない限り、医療的にはほぼ放置に近い状態であることが窺われるそうだ。

米国では「自立性尊重」という倫理意識が強いため、人が自立性を失うと、無理に生かすという方向に進みづらいのではないかと著者は分析している。

9.11のテロの直後、ブッシュ大統領が全世界に対し、米国の味方につくのかつかないのか態度表明を迫ったことを「パニックに陥った時の認知症の老人の反応と全く同一です」と述べている。このような見方は面白いが、本当にそう言ってよいのか、少し慎重な論考があってもよい気がした。

2013年8月4日日曜日

トレンド日米表現辞典第4版の研究5

P.207 デリバティブ、金融派生商品 derivative
P.289に同じ項目があり「derivatives (▸複数形で用いる)」と書いてある。こちらも同じ記述にすべきだ。

P.210 ■景気循環
「(略)景気とは『売買・取引などに表れた経済活動の状況』をさす。景気がよければ、需要・供給が好循環でまわるが、需要が一巡すると新規・更新需要が出てくるまで時間がかかり、その間に価格が下がり供給も減少するため景気後退に陥る。例えば、平均耐用年数が5年の洗濯機を一度買えば、故障あるいは壊れるまで5年かかるので、更新で新規需要が出てくるまで5年かかることになる」
囲み記事から抜粋。洗濯機の例示では、新規需要と更新需要を混同している。更新は既に持っている人が買い替える場合で、新規は、例えば一人暮らしを始めることになって新しく洗濯機を買う場合など。例示は更新の説明にしかなっていない。

P.211 景気判断 business outlook [judgement]
景気判断は、通常景気の現況を表すので「見通し」の意味である「outlook」は不適切。2005年の Oxford Advanced Learner's Dictionary of Current English第7版は、「outlook」を「the probable future for sb/sth」と説明している。

また「business judgement」は「経営判断」という意味。「景気判断」は「an assessment of the economy」「a view on the economy」などが可能。そもそも「景気判断」は、政府や公的機関などが景気をどう評価するかという意味。

P.213 (景気が)後退する deteriorate further
「further」の「さらに」という意味が抜けている。前の版は「(景気が)より悪くなる」という言い方の英語表現として掲載している。今回は「より悪くなる」との項目は別途立っているので、編集上のミスか。

P.214 (景気の)悪化 (business) collapse; recession
「business collapse」は「企業破綻」という意味。経済に「collapse」を使う場合は、普通「崩壊」や「破綻」を意味し、通常の景気変動で発生する景気の後退や悪化には使わない。また、細かいことを言うと「recession」は通常「景気後退」と訳すのが一般的。

好みが分かれるかもしれないが、私自身は、景気の良し悪しを分けた上で英語表現をグループとして提示する、前の版のやり方の方が良いと思う。というのも、経済に詳しくない人が景気の「悪化」「後退」「下降」「軟化」「不況」などと、それぞれ項目を立てられても違いがピンとこないだろうから。まとめて提示して意味の強弱の目安を示した方が、自分の表現したい文脈に合った言葉を探しやすいのではないだろうか。

P.218 ■実質を知るためにインフレ分を差引く
「『5パーセントの名目成長は10パーセントのインフレによる価格水増し分を差引けば、マイナス成長になる』は Allowing for 10% deflator, the nominal growth of 5% is a negative growth in real terms / Deflated for the 10% inflation, the 5% nominal growth turns into a real minus growth. のように表現される」

GDPデフレーターの計算式は「デフレーター=(名目÷実質)×100」であり、実質に対して名目は101.25とか98.83とかいった形で表現される。だから「10% deflator」というのは誤り。GDP統計ではデフレーターの変動を前年同期比や前期比で算出している。つまり「a 10% deflator change」なら可能。

また、当然ネイティブチェックがかかっているであろう例文に、ドメスチック英語学習者がこのような文句をつけるのは気が引けるが、この文の growth に不定冠詞は必要ない。さらに、このような短い文の中に、同じ語を重複して使用することは、特殊な効果を狙うのでなければ、避けるのが原則。

以上を考慮しつつ、例文を校正すると以下のようになる。
Allowing for 10% inflation, a nominal increase of 5% is negative growth in real terms / Deflated for 10% inflation, a 5% nominal rise translates into real minus growth.
   
ただし『』の日本語の訳例とするには少しギャップがあるので、以下のような例文でどうだろうか。
Adjusted for a price rise reflecting 10% inflation, a nominal gain of 5% represents negative growth.
ただし「price rise」と「inflation」にどうしても重複感が出てしまうので「rise」は「change」などにした方がいいと思う。 というか、本来日本語の「による価格水増し分(a price rise reflecting)」自体が不要。