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2013年7月27日土曜日

トレンド日米表現辞典第4版の研究4

P.202 スミソニアン体制 the Smithonian monetary system (setup)

「米ドルの切り下げ(金の切り上げ)と各国通貨の調整(対ドル切り下げ)が行われ、日本円は16.88%も切り下げられて308円となった」

下線部はどちらも「上げ」が正しい。

P.202 プラザ合意 the Plaza accord (agreement)
「その結果、当時1ドルが240円程度であったのが、1年後には50%も切り上げられて1ドルが120円レベルになった」

変動相場体制下なので「切り上げ」ではなく「上昇」が適切だが、まあいい。プラザ合意(1985年9月)の1年後の相場は1ドル155円前後で、120円台に突入したのはもっと後である。あまりきちんとしたデータはWeb上では見つけられなかったが、以下のページにあるチャートがとりあえず参考になる。

http://www.mo-ney.net/history/plaza.html

ただし年間上昇率は50%の円高で概ね正しい。1ドル155円は1円当たり0.006451ドルであり、1ドル240円の1円当たりレートである0.004166ドルの1.55倍だからである。一方、1ドル240円から120円への円高は、1円当たり0.004166ドルから0.008333ドルへ2倍、つまり100%上昇したことになる。

まさか、240円から50%だから120円だなんて、テキトーに計算したわけじゃないですよね。

2013年7月23日火曜日

トレンド日米表現辞典第4版の研究3

P.194 企業物価指数 corporate goods price index; CGPI
「(略)この指数は実は1887年から作成されていたが、公表は110年後の97年からで、02年から『卸売物価指数』の代わりに表舞台に登場した」

企業物価は、卸段階と生産者段階(すなわち企業間で取引される商品全般)の物価のことで、日銀が算出している。この辞典の説明は、日銀がひた隠しにしてきた極秘の指数を突如公表することになったかのような書きっぷりになっている。当然そんな話ではなく、ただ単に100年以上にわたり公表されてきた卸売物価指数の名称を、統計の見直しの結果、変更することになったというのが事実。

やや紛らわしい書き方にはなっているが、日銀による同指数のQ&Aには以下のように書いてある。

「2-1. 企業物価指数とは、どのような物価指数ですか。
(略)企業物価指数は、日本銀行が1887年1月基準以降、継続的に作成している物価指数です(1897年に東京卸売物価指数という名称で公表を開始)」
https://www.boj.or.jp/statistics/outline/exp/pi/cgpi_2010/faq.htm/#p2-1

「2-12. 企業物価指数は、かつて公表されていた卸売物価指数とは何が違うのですか。
(略)2000年基準(2002年12月公表)から統計名称を企業物価指数へと変更しました。これは、2000年基準改定時に、価格調査段階の選定基準を一部変更した結果、卸売出荷段階を調査対象とする調査価格の比率(ウエイトベース)が2割を下回る程度に低下したことから、統計名称を実態に合わせて変更したものです」
https://www.boj.or.jp/statistics/outline/exp/pi/cgpi_2010/faq.htm/#p2-12

以下の資料18ページ目を見ていただきたい。「生産者物価指数」という名称も検討に挙がっていた。
https://www.boj.or.jp/statistics/outline/notice_1999/data/ron9903b.pdf

*2014年8月30日追記:14年6月分(7月10日発表)の統計から企業物価指数の英文名はProducer Price Indexとなった。また企業向けサービス価格指数の英文名も Corporate Services Price IndexからServices Producer Price Indexとなった(6月25日発表の5月分から)。どちらも日本語の名称は変更なし。


P.173
■名目成長(nominal growth)と実質成長(real growth)
「(略)名目値からインフレ値(あるいはデフレ値)を引いたものが実質値。(略)次のように考えるとわかりやすい。
 今ここに1万円の現金があるとして、値段1万円のカバンを買うとする。来年の同じ時期までに平均で10%のインフレがあるとすると、同じカバンが1万1千円に値上がりし他の商品・サービス代も同じく上昇するので、来年の『国内総生産(GDP)』の名目値は10%上昇することになる。しかし、カバンなどの商品・サービスの価値は同じなので、GDPの実質の価値を知るにはインフレ率を差し引く必要がある」

囲み記事形式の説明。間違いというわけでもないし面倒なのでいじるまいと思っていたが、この度この辞典を読み直し、ざっと目を通した時には気がつかなかった誤りがいろいろあることに改めて気づき、怒りが増してきたので、やっぱり扱うことにする。

このカバンの例は、インフレの説明に寄与するのみで、例示の意味がない。値上がりしてもカバンなどの「価値」は変わらないので、GDPの実質の価値はインフレ率を差し引かないと分からないというのはトートロジーだ。価格とは交換価値を端的に表現するものである。値上がりしても変わらない「価値」とは一体何を指すのか。世の中にはお金で買えないものがある、すなわち priceless みたいなやつですかね。

例示は、セメントなど量で取引される物の方が分かりやすい。
1)セメント1トンを生産し1万円で売れた。→次の年は1.1トンに増産し、物価が上がり1万2千円で売れた。=名目値では20%の増収だが、物価上昇分を差し引いた実質値は10%の増加。

2)セメント1トンを生産し1万円で売れた。→次の年も1トン生産したが、物価が上がり1万2千円で売れた。=名目値では20%の増収だが、物価上昇分を差し引いた実質値では横ばい。

価格変動分を除去するということは、量の変化を直に捉えることに他ならない。

2013年7月19日金曜日

読書ノート:苦海浄土 石牟礼道子著

講談社文庫の新装版。古本屋で購入。彼女の郷土の人々が水俣病にいかに苦しんだか、詩情に満ちた迫力のある文章で記録・再構成していく。

公害は古くて新しい問題である。今読むとどうしても、汚染源のチッソが東京電力と重なって見える。賠償の範囲をいかに限定していくかなど、人間の考えることは今も昔も変わらない。残念なことに水俣の賠償問題は、ここ数年の進展にもかかわらずまだ完全には解決していない。最初の症例が出てからもう60年経つ。

解説を書いた編集者、渡辺京二氏によると、本書に登場する水俣病患者の言葉や独白は、必ずしも聞き書きではなく、膨大な取材に基づいてはいるが、石牟礼氏自身が再構成・創造した部分が多いようだ。あたかもシャーマンのように「あの人が心の中で言っていることを文字にすると、ああなるんだもの」と、患者が未だ言い表していなかった言葉を「真実」として書き連ねる。

病は、日露戦争にも出陣した屈強な元漁師にも襲いかかる。
「なんばいうか。水俣病のなんの。そげんした病気は先祖代々きいたこともなか。俺が体は今どきの軍隊のごつ、ゴミもクズも兵隊にとるときとちごうた頃に、えらばれていくさに行って、善行行賞もろうてきた体ぞ。医者どんのなんぞ見苦しゅうてかからるるか」P.67

患者の女性が漁に出ていた頃をなつかしみ、海の美しさを語る。
「春から夏になれば海の中にもいろいろ花の咲く。(略)海の水も流れよる。ふじ壺じゃの、いそぎんちゃくじゃの、海松じゃの、水のそろそろと流れてゆく先ざきに、いっぱい花をつけてゆれよるるよ」P.167

彼女は不自由になった体を嘆き、夫と漁に出たいと願う。
「人間な死ねばまた人間に生まれてくっとじゃろか。うちゃやっぱり、ほかのもんに生まれ替わらず、人間に生まれ変ってきたがよか。うちゃもういっぺん、じいちゃんと船で海にゆこうごたる。うちがワキ櫓ば漕いで、じいちゃんがトモ櫓ば漕いで二丁櫓で」P.185

チッソが地元にとって欠かすことのできない存在であるがゆえに、患者と他の住民の利害が相反し、両者が分断されてゆく。
「『小父さん、もう、もう、銭は、銭は一銭も要らん!今まで、市民のため、会社のため、水俣病はいわん、と、こらえて、きたばってん、もう、もう、市民の世論に殺される!(略)』『何ばいうか!いまから会社と補償交渉はじめる矢先に、なんばいうか。だれがなんちゅうたか』『みんないわす。会社が潰るる、あんたたちが居るおかげで水俣市は潰るる、そんときは銭ば貸してはいよ、二千万円取るちゅう話じゃがと。殺さるるばい、今度こそ、小父さん』」P.344

公害は気づかぬ間に拡大し、取り返しのつかない事態になって初めて認識されるというような現れ方をするようだ。再びこのような事態が起きた時に、私たちはきちんと対処できるだろうか?

2013年7月13日土曜日

読書ノート:Albion Peter Ackroyd著

Vintage社の出版。10年ほど前に新刊で購入。一度挫折後、昨年秋から再挑戦し、ようやく読み終わった。Albionは「白い大地」という意味で、南部海岸の白亜の絶壁にちなんだイギリスの古称。イギリス的なるものの起源と特徴を、文学、芸術、工芸、言語、歴史、風土を手掛かりに縦横無尽に論じつくす。

英国は日本と同様、大陸から離れてはいるが、交流が困難なほど遠くでもない。本書を読むと、大陸や異民族の言葉や文化を柔軟に吸収し、独自に発展させていったことや、工芸など細かい細工が好まれることなど、日本と共通点が多いように思えてくる。大げさな表現を好まないことや、感情を露わにしたがらないことも共通点と言えるだろうか。

著者は過去からの継続性や過去と現在の融合を重視する。Vaughan Williams という作曲家が、フォークソングに強い興味を持つに至ったのは、1900年代の田舎で現地の老人に昔から伝わる歌を歌ってもらったことがきっかけだったというエピソードを紹介している。Williams は、初めて聞いた曲にもかかわらず、あたかも子供の頃から知っているかのような親近感を感じたそうだ。

これについて著者は、まるで、現地の風土や風景がこの作曲家の感受性に影響を与え、聞いたことがある曲のように感じさせたかのようだと評する。さらに展開して以下のように述べる。

「So there are many striking continuities in English culture, ranging from the presence of alliteration in English native poetry over the last two thousand years to the shape and size of the ordinary English house. But the most powerful impulse can be found in what I have called the territorial imperative, by means of which a local area can influence or guide all those who inhabit it.」P.448

頭韻や家屋の形状など、長年にわたり文化的に継続してきたものは多いが、土地そのものに人を動かす強い力が内在する(かのように感じられる)と。本書ではgenius loci(土地の守護神、土地柄)という言葉が多用されているが、著者は、イギリスの作家、音楽家、芸術家は、このような土地に関する感覚を強く意識してきたと説明する。

「(I)n England the reverence for the past and the affinity with the natural landscape join together in a mutual embrace. ... It is the landscape and the dreamscape. It encourages a sense of longing and belonging. It is Albion.」P.449

イギリスでは、過去を尊ぶことと、ありのままの風景を愛することは一体となる。この地は、景色と夢の舞台であり、何かを求める気持ちと今この場所に存在することへの安心感を強める力がある。このように主張して本書を結ぶ。

我が国ではどうだろう?里山、鎌倉、奈良・京都などの風景を、歴史に思いを馳せながら眺めてみると、似たような感覚が得られるだろうか?

この著者は「English Music」(Penguin社、92年)以来のファン。「English Music」は、「Albion」で展開している論をそのまま小説にしたような作品で、心霊術師を父に持つ少年が、類まれなる共感・交霊能力でイギリス文学作品や芸術品の世界に入り込み、現実と行きつ戻りつしながら成長していく(何やら分かりづらくてすみません)物語。ルイスキャロルから、コナンドイル、ディケンズからチョーサーに至るまで、文体模写を駆使しながら、少年の現実世界での葛藤と没入した作品の世界とを関連づけしつつ展開していく。読む順番は「English Music」→「Albion」→「English Music」がおすすめ。

余り「Albion」の本筋とは関係ないが、英国の植民地経営についてサラッと論述できるところは、戦勝国ならではの特徴か。日本では良かれ悪しかれ、なかなかそうはいかない。

2013年7月5日金曜日

トレンド日米表現辞典第4版の研究2

P.205 (外国)為替市場介入
不胎化介入を「unfertilized intervention」としているが、「sterilized intervention」が正しい。非不胎化は「unsterilized」など。不胎化は、介入によって副次的に起こる国内の通貨量の変化を相殺するために行う金融調節のこと。有斐閣経済辞典第3版などによると、金本位制の頃から存在する金融調節だそうだ。

P.214 景気の踊り場(business)soft patch
「soft patch」を、元来は海事用語で「(船を)応急修理するための当て金および帆布」を指すと説明している。確かにそうかもしれないが、ここは素直に「soft=(景気などが)軟調な」「patch=時期」と言えばいいのではないだろうか。Oxford Dictionary of Current English第2版には「period of a specified, esp. unpleasant, kind」という語義があり「went through a bad patch」との用例が挙がっている。「soft patch」が「地面のぬかるんだ一画」を意味することによって比喩的に景気の軟調を示す、という説明をする人もいるので、やや自信がないけど。

P.215 有効需要 effective demand
「供給に見合い、すぐに出荷できる(有効な)需要」と説明しているが、当然、需要は出荷できない。ネットの用語集を見ると「貨幣的支出の裏付けのある需要」というのが一般的な定義のようだ。

P.219 財政制度審議会 Financial System Council
正しくは「財政制度等審議会」で、英文名は「Fiscal System Council」。前の版では、少なくとも英文名は正しいものを載せている。

今まで見てきた問題点は、前のエントリーも含め、全て第4版で追加された記述に関わるものである。細かいのでいちいち触れていないが、前の版の説明や例文を微妙に書き換えている部分が結構あって、中にはなぜわざわざ書き換える必要があったのか理解に苦しむものもあった。

誤りはまだまだたくさんある。続きはまた今度。

2013年7月2日火曜日

トレンド日米表現辞典第4版の研究1

いささか旧聞になるが、2007年に小学館が「トレンド日米表現辞典第4版」を出版した。現代日本に関する文章を英語で書く際に大変重宝していた辞典の新しい版なので、出たらすぐに買った。予告広告を見て、発売を心待ちにした日々を思い出す。

この版から編集主幹という肩書の人が加わり、執筆者が一人減った。内容がどう変わったのかと最初の数十ページをぱらぱら見ると、あからさまな間違いやおかしな記述が散見された。金を返せと言うつもりはないが、悔しいので主な間違いを列挙していくシリーズを始めようと思う。対象は手元にある第4版第1刷。こないだ某大手書店チェーンの店で見たら、まだ第1刷が置いてあったぞ。

P.178 国民総所得、GNP
「GDPに海外生産を加えたもの。この指標は戦後50年近く使われてきたが、2000年度にGDPを使っている国際標準に合わないとの理由でGDPに代わり、GNPもGNI(Gross National Income=国民総所得)に呼び方を変えた」

「海外生産」は大まかすぎるので最初の文もどうかと思うが、「加えた」を「加味した」と読みかえればそれほど問題はなさそうなので、スキップ。

次の文。経済企画庁(現・内閣府)がGDPをGNPに代わる代表指標としたのは93年で「2000年度に…代わり」というのは間違い。2000年10月の統計見直しの際にGNPという概念が廃止されたのは事実だが、その頃にはとっくにGDPが経済成長を測る主要指標として定着していた。新聞を読んでいないのだろうか?以下は94年の経済白書の抜粋。前年の経済を回顧する際にGDPを用いている。
http://www5.cao.go.jp/keizai3/keizaiwp/wp-je94/wp-je94-00101.html

P.179 GNPギャップ
本書出版のずいぶん前にGNPがGDPに取って代わられたと説明した直後に、このような項目を立てる意味が分からない。GDPギャップでよい。小学館、きちんと校閲を入れているのだろうか。

読書ノート:神の棄てた裸体 石井光太著

新潮文庫版を古本屋で購入。東南アジアから中東まで、イスラム圏での性のありかたを売春婦を中心に密着取材。

この著者の本は、東日本大震災の被災地の安置所での様子を描き、映画にもなった「遺体」(新潮社)で初めて読んだ。被災地の別のエピソードを載せた「津波の墓標」(徳間書店)も含め新刊で読んだので、今回は古本だが許してほしい。

この著者は、目をそむけたくなる悲惨なことや人間の醜いところを、しっかり目を開いて観察できる胆力のある人なのだろう。本書ではスラムの奥に入り込み、売春でもしなければ生きていけない境遇の人々に寄りそいながら話を聞いていく。

ヨルダンで出会ったイラク出身の女性は、戦争のトラウマから爆発音などの幻聴に悩まされ、男と寝ていれば幻聴が聞こえず安心できることが分かったため、自ら売春婦になったという。またバングラデシュの少年は自分を買う男たちを「あの人たちだって、苦しんでいるんだよ。自分が変なことも、痛い思いをさせてるってこともわかってる」と憐れむ。

戦乱や貧困のため男が少なくなった地域で、一夫多妻制が女性を貧困から救済するための装置として機能している面があることは、恥ずかしながら本書で初めて知った。また家の体面を汚す行為をする家族を自ら殺害する名誉殺人についても聞き取りがあり、経験した家族の複雑な気持ちが垣間見える。

今後もこの作家を注目していきたい。